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神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)1992号 判決

原告

上田博一

右訴訟代理人弁護士

土井平一

藤本尚道

被告

ラマニ・ティラスダス・コダンマル

右訴訟代理人弁護士

田中壽秋

被告

バビロン有限会社

右代表者代表取締役

打間ロツシヤン

右訴訟代理人弁護士

武藤達雄

主文

一  被告らは原告に対し、各自別紙第二物件目録(二)記載の建物を収去して別紙第一物件目録記載の各土地の明渡しをせよ。

二  被告らは原告に対し、各自昭和六三年一月六日から右土地明渡し済みまで一ヶ月金四万八九一〇円の割合による金員の支払をせよ。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

(申立て)

一  原告

1  主文第一ないし第三項と同旨。

2  仮執行宣言

一  被告ら

1  原告の各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(主張)

一  原告の請求原因

1(一)  訴外上田庸之亮こと上田藤一(以下「訴外庸之亮」という。)は、昭和三五年三月四日頃、訴外コダンマル・バサルマン・ラマニ(以下「訴外ケー・ビー・ラマニ」という。)に対し、別紙第一物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を非堅固建物の所有を目的として、期間五年、賃料一ヶ月金二四四五円の約定で賃貸していた(以下「本件賃貸借契約」という。)

(二)  本件賃貸借契約においてその所有が目的とされた建物は、同契約上その使用目的が個人の居住用に限定されていた。

(三)  なお、本件土地に賃貸借契約は、その最初は、本件土地の所有者であった訴外上田せつと訴外シー・ビー・カルワー(以下「訴外カルワー」という。)との間に昭和二六年八月一日から期間五年として締結されたが、その後地上建物の所有者が訴外ケー・ビー・ラマニに変更されたことから、右訴外せつの相続人である訴外庸之亮と右同訴外ケー・ビー・ラマニとの間において別個の賃貸借契約として再契約されたものである。従って、本件賃貸借契約の存続期間は、契約締結日から三〇年後である平成二年三月である。

2  原告は、昭和三九年九月一〇日、訴外庸之亮が死亡したことから、同訴外人の本件賃貸借契約における賃貸人としての法的地位を単独で相続により承継した。

3  訴外ケー・ビー・ラマニは、本件土地をその敷地として別紙第二物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有して居住していたが、被告ラマニ・ティラスダス・コダンマル(以下「被告ラマニ」という。)は、昭和五五年三月一三日、同建物の遺贈を受けると共に、本件賃貸借契約における賃借人としての法的地位を承継した。なお、同賃貸借契約における賃料は、昭和六二年四月一日以降月額金四万八九一〇円に増額されている。

4(一)  被告ラマニは、昭和六二年四月二三日、被告バビロン有限会社(以下「被告バビロン」という。)との間において、本件建物につき原告の承諾を受けることなく左記賃貸借契約(以下単に「本件契約」という。)を形式上締結する方法を以て、真実には被告バビロンに対し、本件賃貸借契約における賃借人たる地位を譲渡(以下「本件譲渡」という。)し、本件建物を引渡した。

①賃貸期間 二〇年間

②賃料 一ヶ月金一二万五〇〇〇円

③支払方法 右賃貸期間中の賃料全額合計三〇〇〇万円を一括前払する。

④保証金 金五〇〇〇万円

⑤特約 賃借人は使用目的に従って自由に増改築ができる。

(二)  本件契約は、名目上は賃貸借契約の体裁を採っているが、地代家賃は地価等の経済情勢に従って変動するのが原則であるから、二〇年間という長期間の賃料の一括前払というのは極めて異常であり、また、建物賃貸借契約においては賃借人が建物にその使用目的に従った造作等を付加することを賃貸人が許諾することはあっても、賃借人が建物を自由に増改築することができるとする特約も通常は存し得ないものであるから、これらはまさに土地賃借権及び建物の所有権を実質上譲渡したものである。また、本件土地の固定資産税等の公租公課の増加傾向に鑑みれば、本件賃貸借契約の地代の増額を予定しなければならないのであるから、場合によっては今後二〇年間の地代の総額は、被告バビロンが被告ラマニに対して本件建物の賃料名義で支払った総額である三〇〇〇万円を超過することも十分予想されるところである。

従って、本件契約に基づく本件建物の引渡しは、継続的契約関係たる土地賃貸借契約の解除原因となる賃借権の無断譲渡に該当するものと解されるべきである。

(三)  なお、原告は、本件契約が締結される前頃、被告ラマニから今後日本に在留する予定もないことから本件建物は不用になったので、本件建物と借地権を六〇〇〇万円で買って欲しい旨の申入れを受けた。そこで原告は、本件建物は老朽化したものであったこと等から、金三〇〇〇万円ならばその申入れに応ずると回答したところ、被告ラマニからは、何等の音沙汰もなくなってしまった経緯がある。

被告ラマニは、本件契約後日本を離れ、以来来日せず、その所在も明らかではない。

5  被告バビロンは、昭和六二年八月中旬、本件建物の床、壁、柱、屋根の大部分を撤去し、これを鉄骨・鉄板に取替える等の後記の内容の大規模改築工事を始め、同年一二月一二日、右工事(以下「本件改築工事」という。)を完成させ、本件建物を別紙第二物件目録(二)記載の建物(以下「本件改築建物」という。)に変更し、本件土地の北側に存した原告所有の塀(以下「本件塀」という。)を全部取壊した。

(一) 一、二階の東、北、南の各側の外壁ほとんど全部を撤去し、新たにこれを築造した。

(二) 一、二階の内部の壁面を全部撤去した。

(三) 一、二階の内部の約七割及び外部の約五割の柱を新しいものに取替えた。また、細いものを含めると一、二階で約八〇本もの柱を新設した。

(四) 一、二階の床面を全部撤去し、一階基礎部分の支柱を取替えた。

(五) 建物の中心分の支柱を一二本の鉄骨と取替え、二階床面の一部に鉄骨の梁を新たに渡し、その上を強固な鉄板張りとした。

(六) 二階の一部を増築し、屋根の上部にドーマーと鉄塔を作り、屋根の瓦の一部の葺き替えをした。

6(一)  本件改築建物は、非堅固建物たる個人の居宅用の本件建物とはその改築の程度等からして同一性がなく、別個に被告バビロンにより新築された鉄骨石張り作の同被告所有にかかる多数の公衆が集合する営業用店舗用堅固建物と判断されるべきである。なお、本件建物の残存価値は、金二五二万七〇〇〇円程度であったが、本件改築建物のそれは、金五〇〇〇万円を超えるものである。

従って、仮に本件建物が本件改築工事当時被告ラマニの所有であったとしても、被告バビロンが本件建物の価額の二〇倍もの多額の費用を出資して改築し、改築部分を付加した本件改築建物は、附合ないし加工の法理からも被告バビロンの所有となったものと解されるべきである。

(二)  また原告は、被告らに対して再三、本件塀の取壊し並びに本件改築工事の中止を申入れたが、同被告バビロンはそれに従わなかった。

(三)  従って、仮に本件譲渡が認められないとしても、右の行為は本件賃貸借契約における用法違反ないし信義則違反として、同契約における債務不履行に該当するものと解されるべきである。

(四)  なお、被告バビロンは、本件改築工事に行政上必要とされる、建築確認申請及び、神戸市の都市景観条例に基づく届出を故意に懈怠している。また、神戸市北野町所在のいわゆる異人館とは、神戸市計画課の審査基準によれば明治、大正時代に外国人設計士の設計により建築されたものと定義されているのであるから、本件建物及び勿論本件改築建物は、異人館とは似て非なるものである。

7(一)  原告は被告ラマニに対し、昭和六二年一〇月六日到達の書面を以て、本件賃借権の無断譲渡又は無断転貸を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思を表示した。

(二)  また原告は被告ラマニに対し、同年一二月二日到達の書面を以て、同被告の本件土地の用法違反ないし本件賃貸借契約における前記信義則違反を理由として、本件賃貸借契約を即時解除する旨の意思を表示した。

8  よって、原告は、被告ラマニに対しては本件賃貸借契約解除に基づく原状回復請求権により、被告バビロンに対しては所有権に基づく妨害排除請求権により、各自本件改築建物を収去して本件土地の明渡し、並びに本訴状送達の日の翌日である昭和六三年一月六日から右土地明渡し済みまで一ヶ月金四万八九一〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告ラマニの認否並びに反論

1  請求原因1の(一)記載の事実は認め、同1の(二)記載の事実は否認する。同1の(三)記載の事実は不知ないし否認。訴外ケー・ビー・ラマニは、訴外庸之亮から本件土地を昭和二六年八月一日に賃借した訴外カルワーから、本件建物を買受けると共に本件賃貸借契約における賃借人たる地位を譲受し、それに関する賃貸人の承諾を得たものである。

したがって、本件賃貸借契約の期間は昭和七六年七月末日である。

2  同2、同3記載の各事実は認める。

3  同4の(一)記載の事実は否認するが、被告らが本件契約を締結し、本件建物の引渡しを受けたことは認める。同4の(三)の主張は争う。本件契約は、真正な賃貸借契約である。同4の(三)記載の事実のうち被告ラマニが原告に対し、昭和六一年秋頃本件建物等の売却方を申入れたことは認めるが、金額につき折り合いがつかなかったものである。

4  同5記載の事実のうち、被告バビロンが本件建物の改築工事をしたことは認めるが、その工事内容等は争う。同6の(一)、(三)の主張は争うが、同6の(二)記載の事実は認め、同6の(四)記載の事実は不知。同7の(一)(二)記載の各事実は認める。

5  被告ラマニは、バンコック市を中心に活動している貿易商であって、昭和六二年頃には本件建物を事実上使用しておらず、その後も使用する予定もなかったことから、全期間分の賃料の前払を受けることを条件に、

被告バビロンとの間において賃貸借契約たる本件契約を締結し、本件建物の引渡し受けたものである。そして本件契約が締結されるに至った経緯は、後記被告バビロンが主張するとおりである。

三  請求原因に対する被告バビロンの認否並びに反論

1  請求原因1の(一)記載の事実のうち、訴外ケービーラマニが本件土地を賃借していたことは認めるが、その余の事実は不知。同1の(二)記載の事実は否認する。同1の(三)記載の事実は不知。同2記載の事実は不知。同3記載の事実は認める。

2  同4の(一)記載の事実のうち、被告バビロンが被告ラマニが本件契約を締結し、本件建物の引渡しを受けたことは認めるが、その余の本件改築工事の範囲・程度については争う。但し、本件工事の範囲は後記のとおりである。同4の(二)の主張は争う。同4の(三)記載の事実は不知。

3  同5記載の事実のうち、被告バビロンが昭和六二年八月中旬から本件建物の床、及び壁・柱・屋根の各一部を撤去し、鉄骨鉄板に取替える大規模改築工事に着手し、同年一二月一二日右工事を完成させたこと、本件塀を取壊したことは認めるが、その余の事実は否認する。本件改築建物の現況面積は争う。

同6の(一)、(三)の主張は争う。同6の(二)(四)記載の事実は認める。

4  同7の(一)(二)記載の各事実は不知。

5  被告バビロンが行なった本件建物の本件改築工事の内容は以下のとおりであり、また、本件土地の北側に存した本件塀は、訴外シービーカルワーが建築したものを被告ラマニが譲り受けていたもので、被告バビロンは右ラマニの承諾の下にこれを取壊し、その跡に木造の張りぼて式のアーチ型の塀を作ったものである。

(一) 一、二階の東、北、南側の外壁については、窓及び窓枠をアルミサッシュに取替えた。また東面四ヵ所、北面一ヵ所については床の直ぐ上から窓にするため外壁の一部を撤去した。

(二) 一、二階内部の壁面を全部撤去し、間取を変更し、内装全部をやりかえた。

(三) 一階部分には木製の柱が六一本存在したが、そのうち一〇本を撤去し、五本を移設し、その代りにスチール製の柱(一五〇ミリメートル)四本を新設した。

また二階部分には木製の柱が六四本存在したが、そのうち八本を撤去し、六本を移設し、その代りに右同スチール製の柱四本を新設した。

従って、本件改築建物の一階部分には本件建物の柱の約七五パーセントに当る四六本をそのまま利用し、二階部分では同じく約七八パーセントに当る五〇本を利用したことになる。

(四) 一階にホールを作り、一階のほぼ中央部に約五平方メートル、東南に約四平方メートルの吹抜け二ヵ所を作り、そのためその部分の一階の天井と二階の床を撤去した。床は、一階は既存のものを補強のうえ石張り仕上にし、二階は階段を二ヵ所新設した。そして、吹き抜けの補強のため鉄骨(H形鋼)の梁をかけた。

(五) 西南角の透明ビニール板張りの屋根約6.6平方メートルを撤去した。そして本件改築建物を北野町の景観にマッチさせるために、屋根の上に時計台を取り付けた。しかし、屋根瓦については従前のものを補修しただけである。

(六) 本件建物の土台及び基礎工事部分はそのまま利用した。

従って、本件改築工事は、本件建物の工体をそのまま残してそれを利用した改築ないし改装工事にすぎず、本件改築建物と本件建物とは同一性がある。

6(一)  建物の増改築による同一性に異同についての判断基準は、①旧建物をどの程度取壊したか、②旧建物の残存部分を新建物のどの部分にどの程度利用したか、③新建物は旧建物と同一種類か(木造か鉄骨か、平屋建か二階建か)、④面積及び外観においてあまり差が生じてないか否か、⑤建築工事費・工期がどれくらいだったか等によるべきである。

(二)  本件建物と本件改築建物は、用途の点においては前者が個人用居宅であるのに対し後者は一般観光客用チャペル兼結婚式場であり、外観も面目を一新し到底同一建物とは見えない。

しかしながら、その実質は両建物とも木造瓦葺二階建であることに変りはなく、床面積は、本件建物の現況は一階76.43平方メートル、二階63.85平方メートルであったところ、本件改築建物の床面積は、床面積一階88.04平方メートル、二階92.73平方メートルであるので、増築率は一階で一五パーセント(11.61平方メートル)、二階で四五パーセント(28.88平方メートル)に過ぎない。

7  被告バビロンが被告ラマニとの間において本件契約を締結し、本件建物を賃借した経緯は、以下のとおりであって、同経緯からして本件契約は真正な本件建物の賃貸借契約であることは、明らかである。

(一) 被告バビロンは結婚式場の経営の開始を企図していた。そこで同被告会社の代表者打間ロッシャン(以下「訴外打間」という。)は、紹介を受けた本件建物の賃借方を被告ラマニに申し入れたところ、その大略の賃貸条件は、当初賃料月八万円、保証金二〇〇〇万円であるとの回答を得た。そこで訴外打間は、本件建物を結婚式場として利用するためには大改装をする必要があること、また採算上賃借期間も相当長期でなければならないことを申出、被告ラマニと交渉した。その結果、最終的には被告ラマニから、被告バビロンの申出を承諾するが、賃貸期間は二〇年間、保証金五〇〇〇万円、賃料は当初の五年間は月額八万円とし、五年毎に三万円ずつ増額することとするが、賃貸期間二〇年の賃料全額三〇〇〇万円を一括して前払して欲しい旨の提案を受けた。そこで、被告バビロンは、その提案を受入れることとしたが、但し、賃借全期間の賃料合計三〇〇〇万円を前払するのならば賃料は全期間均等の月額一二万五〇〇〇円とすることとして本件契約を締結したものである。

(二) 本件契約において、「借主は本件建物の使用目的に従ってどのような増改築でもすることができる。」と定められたのは、本件賃貸借契約には、地上建物の用途は制限、増改築禁止の特約はいずれも存せず、本件契約において賃借人は前記のとおりの多額の保証金及び賃料の前払をすることとなったこと、そして、建物の賃借人がその賃貸人の承諾を得て同建物をその使用目的に従って、その建物の同一性を害さない範囲で増改築することは、土地の賃貸人との関係においても問題がないものと解されたからである。

(証拠)〈省略〉

理由

一1  請求原因1の(一)に記載のとおり訴外庸之亮は訴外ケー・ビー・ラマニに本件土地を本件賃貸借契約を以て賃貸していたこと、同3に記載のとおり訴外ケー・ビー・ラマニは、本件土地をその敷地として本件建物昭和二七年頃建築して所有し、同建物に居住していたが、被告ラマニは、昭和五五年三月一三日、その遺贈を受け、本件賃貸借契約における賃借人としての法的地位を承継したこと、同賃貸借契約における賃料は、昭和六二年四月一日以降月額金四万八九一〇円に増額されていたことは当事者間に争いがない。

また、請求原因7の(一)(二)に各記載のとおり原告は、被告ラマニに対して、本件賃貸借契約を無断譲渡、又は、用法違反等を理由にこれを解除する意思を表示したことは、当事者間に争いがない。

そして、同2記載の原告が昭和三九年九月一〇日相続により訴外庸之亮の本件賃貸借契約における賃貸人としての法的地位を単独で承継した事実は、原告と被告ラマニとの間においては争いがなく、原告と被告バビロンとの間においては原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨から認められる。

2  しかしながら原告は、請求原因1の(二)で「本件賃貸借契約においてその所有が目的とされた建物は、同契約上その使用目的が個人の居住用に限定されていた。」旨主張しているが、〈書証番号略〉、証人上田泰生の証言(第一、二回)等によれば、当初の賃借人である訴外カルワーは、個人用住宅を所有する目的で本件賃貸借契約を締結し、居宅である本件建物を建築したことは認められるが、本件賃貸借契約上その所有建物の使用目的を限定する旨の約定がなされたことを認めるに足る証拠はなく、原告の右主張は採用できない。

二1  被告ラマニと被告バビロンとの間において、昭和六二年四月二三日、本件契約が締結され、本件建物が被告バビロンに対して引渡されたことは当事者間に争いがない。また、〈書証番号略〉によれば、本件権利は本件建物に対する賃貸借契約として登記が経由されていることが認められる。

2  本件契約内容は、賃貸期間二〇年、賃料一ヵ月金一二万五〇〇〇円、但し賃貸期間中の賃料全額合計三〇〇〇万円一括前払、保証金金五〇〇〇万円、特約として賃借人は使用目的に従って自由に増改築ができるというものであることは、前記のとおりである。

〈書証番号略〉、証人ガンガラム・ラマンラルの証言、被告バビロンの代表者本人の尋問の結果及び同結果により成立が認められる〈書証番号略〉、証人上田泰生の証言(第一、二回)、証人上田艶子の証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告バビロンにおいては、本件契約で約した保証金と前払賃料の合計金八〇〇〇万円の支払をした他、本件改築建物に対する公租公課も同被告が負担していること、原則として建物所有者が付保するものである建物に対する火災保険も被告バビロンが契約し、その保険料等を負担していること、被告バビロンの代表者の訴外打間ロッシャン並びに本件改築建物で結婚式場の事実上の経営を担当している右訴外人の妻の訴外打間奈津子の両名は、本件改築建物は、被告バビロンの所有物であると対外的に言明していること、被告ラマニは、本件契約が締結されたかなり以前から本件建物に居住する必要もまたその意思も無くなっていたことから、本件建物はかなりの期間空き家同然の状態にあったこと、さらに被告ラマニは、日本での仕事ができなくなって日本に居られなくなったことから、本件賃借権を処分する希望を有していたこと、そのため本件契約が締結される直前には、原告に対しても本件建物付の本件賃借権を金六〇〇〇万円でいわゆる買戻して欲しい旨の申入れをしていたことがあったことが認められる。

また、右各証拠によれば、被告ラマニはかなり以前から本邦に居住しておらず、また同人との連絡も困難なことが認められる等の事実から、本件賃貸借契約の賃料も事実上被告バビロンにおいて負担していることも推認し得る。

3  被告バビロンにおいては、昭和六二年八月中旬頃、本件建物につき本件改築工事を開始し、同年一二月中旬頃、同工事を終了し本件改築建物を完成させたこと(工事期間四ヵ月)は当事者間に争いがなく、また被告バビロンが本件塀を取壊したことは原告と被告バビロンとの間においては争いがなく、また同事実は後記各証拠によれば被告ラマニとの関係において認めることができる。

そして、〈書証番号略〉並びに弁論の全趣旨によれば、本件建物は、その構造及び外観とも洋風の個人住宅用建物と見られるもので、現に建築以来居宅として用いられてきたものであるが、本件改築建物は、その構造は店舗兼集会所であり、その外観は教会様のものであって、結婚式場ないし集会場として使用され、亦いわゆる観光用異人館として観光客に有料で見学の用に供されているものであること、

そして、本件改築工事の内容としては、外壁については、一、二階の東、北、南の各側のほとんど全部を撤去したうえ、新たにこれを築造したものであること、特に窓等の開口部の構造ないし様式も一新されたこと、内部の壁面についてはその全部を撤去して全く一新したこと、柱についても、建物の間取を変更し又一、二階の吹き抜けの空間を新たに作ったことから多数のものを撤去ないし移設のうえ、新たに多数の柱を新設したばかりでなく、その内には材質も従前の木製のものに替えて鉄製丸型の柱一二本を用いたこと、床及び天井を総て撤去して新たにしたこと、二階の床を支える梁も殆どをやり替え特に吹き抜け部分の周囲には鉄骨製のものを用いたこと、居宅であった本件建物を多数の者が集まる結婚式場に用いるためと一部に一、二階吹き抜け構造を有するホールを有する建物に改造するため、要所要所に前記の鉄骨製の梁に加えて大型のH型鋼を用いてその構造材としたこと、一階の床面積を約11.61平方メートル(一五パーセント)、二階のそれを28.88平方メートル(約四五パーセント)増築したこと、屋根の上部にドーマーと鉄塔を作り、屋根の瓦の一部の葺き替えをしたこと、建物の外装は従前のモルタル仕上から総てを石張りにしたこと、

また、本件建物の本件改築前の価格は、高く見積もっても数百万円程度であったが、本件改装工事代金総額は、金五〇〇〇万円を要するものであったこと、が認められる。

右によれば、本件改築建物は本件建物と比べてその外観は著しく変化し、またその内部も居宅から店舗兼集会所用に変更され、床面積も二階は特に少なからず増加されたばかりでなく、その基本構造にも一部鉄骨が用いられるなどの変更が加えられたもので、屋根上にも珍しい構造物を新たに取り付けられたことから、別個の建物と見られる程度に一新されたものと判断されるものである。

三ところで、賃貸借契約においては、「賃借人は賃貸人の承諾あるに非さればその権利を譲渡し又は転貸することを得ず」と民法に規定されているが、その場合における譲渡又は転貸とは、法形式にかかわらず第三者をして賃借物につき独立に使用収益する地位を得させ、又はそのための独自の占有を得さしめることと解される。

従って、勿論、土地の賃借人が借地上の建物自体を賃貸し、その付随的範囲において土地の利用を許容することは土地の転貸借とはならないことは明らかであるが、建物所有目的の土地賃貸借においては、賃借人は原則としてその所有する建物を介してその敷地たる土地を支配しているのであるから、第三者に当該建物自体の所有権を法的にではなくても事実上譲渡したと評価しうるときには、右民法所定の譲渡又は転貸に該当するものと言わなければならない。

そこで本件契約内容を検討すると、その権利の存続期間は二〇年(満了時昭和八二年四月二三日)であって、その期間を前提にするときには前記のとおり昭和二七年新築の木造建物たる本件建物は、通常の補修状態ではその期間満了時以前にも物理的に朽廃に至らなくとも社会経済的には無価値のものとなる虞れがあるもので、通常の建物賃貸借契約としては異常に長期間であること、また、その賃料も賃借全期間の総計三〇〇〇万円の前払というもので、それに加えて五〇〇〇万円という保証金の差し入れがあること、並びに本件賃借権と本件建物の被告ラマニの当時の譲渡希望価額が金六〇〇〇万円程度であったことを考え併せると、その実質賃料は極めて高額なものでこれを真正な賃貸借契約と考えるときには、合理的経済行為とは到底評価しえないこと、本件契約に基づく権利は、正常な関係の一戸建て建物の賃貸借関係の賃借権においては通常必要とされない登記が経由され、被告バビロンに被告ラマニを介さないで所有権者と同様な第三者に対する抵抗力を明白に付与することが考慮されていること、賃借建物自体に加えられた有益費用等は賃貸人に対する賃借人の償還請求の対象となるので、真正な建物賃貸借においては賃貸人が賃借人に対して当該建物の無限定包括的増改築を許容することは特段の事情がない限りあり得ないことであるところ、被告ラマニは被告バビロンに対して、本件建物自体の自由な増改築を許容していることは異常であること、また賃借人固有の必要から施された特殊な内装等はむしろ賃貸借契約の終了に当っては、建物賃借人の原状回復義務として撤去を求められるのが通常であるから、その観点からもおのづから増改築には制限が存するが、これが本件契約においては考慮されているとは認められないのであるから、そもそも本件契約は本件建物が賃借人から賃貸人に返還されることが予定されていないものと解されること、以上のとおり本件契約を真正な賃貸借契約と解することは、その契約内容等においても疑問がある。

そして右本件契約の賃貸借契約としての異常性及びこれに加えて前二の1、2で認定した、被告バビロンが本件建物に加えた事実上の所有者としてなしたものと判断せざるを得ない本件改築の態様、並びにその結果本件建物とは同建物を利用して別個の新築建物と評価しても差し支えないような本件改築建物を自己の所有物として振舞っていることを総合勘案するときには、本件契約は、真正な建物賃貸借契約ではなく、本件建物及び本件土地に対する賃借権を被告バビロンに譲渡する旨の売買類似の譲渡契約であると解するのが相当である。

また前記本件改築工事に要した費用、期間、その範囲程度等を含む右の各事実からすると、本件建物を改築した本件改築建物は被告バビロンの所有に係るものであると判断するのが相当である。

四以上判示の事実関係及び判断によれば、原告の被告らに対する本件各請求はいずれも理由があるので認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九三条に、仮執行宣言については同法一九六条一項に則って、主文のとおり判決する。但し、本件改築建物を収去して本件土地の明渡しを求める請求については、仮執行宣言を付するのは、相当でないのでこれを付さないこととする。

(裁判官廣田民生)

別紙第一物件目録

(一)の土地

所在・地番 神戸市中央区北野三丁目二八番

地目・地積 宅地 32.23平方メートル

但し、別紙図面中イ・ロ・ハ・ニ・イの各点を結んだ範囲の土地部分

面積 30.17平方メートル

(二)の土地

所在・地番 神戸市中央区北野三丁目二九番

地目・地積 宅地 444.66平方メートル

但し、別紙図面中イ・ニ・ヘ・ト・チ・ニ・ル・ヌ・イの各点を結んだ範囲の土地部分

面積 134.57平方メートル

別紙第二物件目録

(一)の建物

所在 神戸市中央区北野町三丁目二九番

家屋番号 五一番

構造種類 木造瓦葺二階建 居宅

床面積(但し、登記簿上)

一階 71.70平方メートル

二階 68.69平方メートル

(二)の建物

登記簿上 右(一)の建物と同じ

現況

構造種類 一部鉄骨造木造瓦葺二階建 店舗

床面積 一、二階 各約85.58平方メートル (以上)

別図現況平面図〈省略〉

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